記憶喪失霧ちゃん その1
1.
「兄貴兄貴兄貴!」
小龍が相変わらずの大声で項羽の側にすっ飛んでくる。
「んだよ。」
項羽は寝転んだままで,弟を一瞥すると次の言葉を待つ。
「き,き,き」
「霧風が?どうした?」
「霧風が!」
「だから,どうしたってんだよ。また竜魔に崖から落とされたのか?」
「なんで分かるの?!…そうだよ!また落ちたんだよ!しかも気を失ったまま起きないんだ!」
そりゃ,大変だな,といいつつ,項羽はやっと体を起こして立ち上がる。
平和な昼下がり。
昼寝を中断された項羽はのそのそと小龍の後に続いた。
わらわらと他の面々が総帥の部屋へ入っていくのを見る。
「な,なんなんだ?」
項羽は事の大変さに気が付き,不思議と心配が入り混じった気持ちで皆に続いた。
霧風が目を覚まさない。
眠り姫のように見える霧風は皆に囲まれたまま微動だにしない。
「おい,霧風。」
小次郎が声をかける。
「しっかりしろよー。」
担いできた劉鵬がタオルを固く絞って,霧風の額に乗せた。
「総帥…医者を呼んだ方が…。」
竜魔が落ち着いて総帥の顔をうかがった。
「いや,脳震盪だけなら必要ない。…と思うがな。」
後頭部でも打ってたら大変なことに,と彼が続けようとしたとき,
「うーん。」
霧風がうめき,その瞳を開いた。
「お!」
一同,安堵のため息をもらす。
だが,次の霧風のセリフに,一同は固まってしまった。
「あの,あなた方は誰?ここはどこでしょうか?」
2.
「き,霧風。」
「そ,それが私の名前ですか?」
「…。」
「あの,私はどうしてここにいるのでしょう?」
「おめえ,崖から落ちて頭打ったんだよ。」
「それで…ここへ。」
「そう。」
「その前は…?」
「…。」
「何も思い出せない。」
「本当に??」
どうやら,記憶喪失というものらしい。
同人誌にありがちなシチュである…。ま,それは置いておくとして。
霧風は竜魔の心配どおり,強く頭を打ったため,過去を思い出せないようだ。
「小次郎さんでしたね。」
「ああ,そうだよ。」
「あなたは,小龍さん,項羽さん。どちらが項羽さんですか?」
「…おれが項羽。」
「まあ,本当に見分けつかないわ。」
気味が悪いと言わんばかりに小次郎が突っ込む。
「…お前なあ,そんなオンナみたいな言葉遣いやめろよ。」
「え?だって,わたしオンナですもの。」
その言葉にまた一同固まってしまう。というより,仰天した。
「琳彪!項羽!外へでろ!小龍お前もだ!小次郎!お前,竜魔を連れて出て行け!」
総帥は怒鳴ると,霧風以外全ての輩を部屋から追い出した。
ばんっと障子を閉め,ふすまも閉める。
誰もいなくなったことを確認してから,総帥は改めて座りなおす。
「霧風…。」
「はい。」
総帥は声を落とし,伝えた。
「お前が女ということは皆には秘密なんだけど。」
「は?」
次に外から中の様子を伺っていた小次郎,項羽らに聞こえたのは,霧風の(ものと思われる) 悲鳴と泣き声だった。
「ひどい!私がどうして!」
パニックに陥った様子の霧風がさめざめと泣いている。
総帥がおろおろとして,霧風を一生懸命に慰めていた。普段ならば絶対見ることができない光景である。
「…総帥。」
竜魔,小龍,項羽が青ざめてその様を眺めていた。
小次郎,劉鵬が目をぱちくりさせて事情を飲み込めないでいる。
・・・この出来事から,彼らが振り回される日々が始まった。