記憶喪失霧ちゃん その2
3.
「あれ?霧風姫は??」
霧風が妙な女言葉を使うようになってから,仲間たちは彼女をそう呼んでいる。
実際,霧風が女性だと知っているのは総帥が把握しているだけで二人。
項羽と小次郎だけだ。
大多数は,霧風が頭を打ってしまって脳に障害が起き,自分を女と認識してしまった,と勝手に考えていた。
あの変化から,霧風はやたら大人しい性格となり,しぐさもかわいらしくなった。
一応,学ランを着せられてはいるが,オフ( ? ) になると,たちまち女性仕様となる。女ものの浴衣を着て風呂場に現れた時に,竜魔と琳彪が卒倒しかけたというのは有名な話だ。
総帥は,霧風に妙な気をおこす輩が出てこないよう,非常に厳しく霧風の行動を監視するようになった。それほど普段の霧風とのギャップはすごかったのである。
「霧風はなあ…竜魔と小次郎としば刈りに行ってるよ。」
琳彪が項羽に答えた。
項羽は心配そうに山を見上げる。
「小次郎さん。枝はどうしましょう?」
燃料となる枝をかき集めてきた霧風は顔を上げた。
「ああ,ありがと。そこに積んでおこう。竜魔が持っていってくれるから。」
「お前も持てよ!」
竜魔がむすっとした顔で林の影から現れた。
「竜魔さん。」
「む…竜魔でいいよ。霧風。」
頭をかきかき,竜魔が答える。
「でも,呼び捨てなど殿方に対して失礼では…。」
眩暈がするのをこらえて,竜魔が応じる。
「いい。君と同年代だから。さん付けは兄上連中だけでいいよ。」
「竜魔,おまえ普段霧風を『お前』って言っていたじゃんか。」
はっと気がつき竜魔は頭を落とす。
「うーん,調子狂うな…。」
こんな感じですでに三日経つ。
竜魔は薪を束ね,慣れた手つきでくるくるとひとつの塊に縛る。
「えっと,霧風はこれを持って行ってくれよ。」
「はい。」
霧風姫はにこっと笑う。
思わず竜魔がドキドキとしてしまうのは,こういう霧風の微笑みだ。女性として振舞う霧風に妙な艶かしさを感じ,竜魔ですら普段のペースを崩される。
だが,重さ50kgはあろうかと思われる枝の太束を軽々と持ち上げ,姫はすたすたと歩きだす。
その様を見ると,やっぱりあいつは男なんだなーと竜魔は自分の錯覚を戒めるように思い直すのだった。
そんな帰り道である・・・。
「あら,竜魔さん。こんなところに蛇が。」
霧風が珍しそうにかがんで手をのばす。
その先には,なんと,口を大きく開け,威嚇の姿勢をとる蛇。
「おっ,おーっつ!それはッ!そんな手で・・・!。」
竜魔があわてて手でそれを制しようとする。
「はい?」
シャーッツ!と飛びかかりカプっと蛇は霧風の手首に噛み付いた。
「イタッ。噛み付かれたわ。」
竜魔はあわてて蛇の頭をつぶし,霧風の前から足で蹴り捨てる。
そして,霧風の腕を取り吸い付いた。
ちゅーっと竜魔は毒を吸出し,ぺっ,と吐き出す。
「バカーッ。まむしだっ!アホかお前は!記憶がとんでも危険なものとかぐらいは覚えてろよ!」
霧風は薪を取り落とし,驚いた表情で竜魔を見つめていた。
「里のカタギの女だってあれがヤバイことくらい知ってるぞ!お前は本当に霧風か!?」
うるうるとした瞳を見ると,竜魔は言い過ぎたかな,と反省した。
「と,とにかく早く戻ってちゃんと治療しよう。」
「…蛇さんかわいそう。」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・(目が点状態)。」
竜魔は閉口して,霧風の手を引くと無言で走り始めた。
さて,霧風の治療はあっけなく終わり,今は何事も無いように平然として食事の世話をしている。
「総帥,ご飯のお代わりを…。」
「うむ。」
「あら,小次郎さんもですね。はいはい。」
「うん,ありがとう。霧ちゃん!」
「…あ,竜魔さんは?」
「…。いただく。」
竜魔はなぜか機嫌が悪いように見える。
いつもの霧風のイメージが音を立てて崩れてしまった今,霧風に対してどう接していけば良いのか全く分からなかったのだ。
― これじゃ天然ボケの女の子じゃねえか…。
霧風の外見も手伝って本当に女の子に見え始めてきて,彼はそれを打ち消すかのように頭を振った。
「…馬鹿な。」
「え?」
「いや,何でもない。」
竜魔は憮然と答えた。