七夕の夜


 七夕の夜。

 牽牛星と織女星のいわれを霧風から聞いたばかりの子供たちが夜空を見上げている。
見分けが付かないほどそっくりな項羽と小龍,そして竜魔と…そして一番きらきら輝いている霧風。
こうして星を見ているとその中に自分が溶けて行くような錯覚に襲われる。
都会では決して眼にする事は無いあまりにも膨大な数の星だ。

「綺麗だな。」

「うん。」

「晴れてて良かったな。」

項羽が弟に楽しそうに言う。
寝そべっていた竜魔は起き上がって皆を促した。

「そろそろ帰ろう。もう8時過ぎてる位だぜ。」

 星を見ることで彼らは時間を知ることができる。
地球の自転により,天は一時間に十五度ずつ西に傾くのだ。
子供たちは幼い頃から夜空を見て時間を読むことを教えられている。
だから誰もが空を良く見上げる。星の名などには皆詳しかった。
だが,先ほどの霧風のように今までドラマチックに星の話をしたものはいない。
新鮮な感動を覚えて子供たちはその話に聞き入った。
少女らしく彼女は七夕とそれにまつわる男女の悲恋の話を詳しく聞かせたのだけだったのだが…。


「お前意外にロマンチストなんだな。」

帰り道,項羽が霧風に対して何気に言った一言に彼女は顔を赤くして否定し始めた。

「違う…たまたま母さんが聞かせてくれたのを思い出しただけだ…。」

「別にいいじゃないか。嫌がらなくたって。」

竜魔も笑いながら応える。
いつもクールな霧風が感情を見せるのが珍しく面白くって仕方が無い。
変な奴だな,と小龍も口をそろえて笑った。




そして月日が流れ,ここはいつまでも変らぬ山の中。

川で気持ちよく水浴びをしている霧風が人の気配に驚いた。

「…ったく誰だよ。」

舌打ちしてからそっと岩陰に隠れる。
今の自分は胸もふっくらと成長し誰が見ても娘と分かってしまう。
こっそり見ると,一つの大きな影がばさっと無造作に服を脱ぎ捨てざぶざぶと水の中に入ってくる。

まずいな。
こいつも行水か。

初夏とは思えないほどの猛暑に耐えられず,彼も水浴びに来たのだろう。
中々寝付けずに霧風は浴衣のままこの川にやってきた。
そして無防備にも全裸で川の中に身を沈めていたのだ。
里の側を流れる川で水深が満足いくまであるポイントはこの辺りしかない。
この影が霧風よりも離れた場所から現れたのは幸いだった。

「うわ,冷てえー!」

その影は大きな声で叫ぶ。

「えっ!?」

聞き覚えのある声でに霧風は驚いて水音と共に声を立ててしまった。
…自分の他に人がいることを認識し沈黙する影。

「霧風だな。」

その声の主は彼女に向かって呼ぶと,側に近づいてくる。

「く,来るなよ!」

霧風は肩まで水につかりながら声を荒げた。
笑い声が響く。
影はずんずんと近づきやがて霧風が隠れる岩場を覗き込む。

「暗くてよく見えない。」

「ふざけるな。」

ばしゃっと水をその顔にかける。

「本当だ。」

くすくすと笑いながら彼の指が霧風の肌にかかった。

「竜魔!」

とうとう霧風は怒ってその手を掴んで引き剥がし,立ち上がる。
正面に立つ彼は星明りの中で懐かしそうに彼女を見つめていた。

「久しぶりだな。霧風。」

隻眼は優しく彼女を捕らえた。

「生きてたのか…。」

「オレは死なんよ。」

久しぶりに見る竜魔の顔。霧風もやっと微笑みを浮かべた。

 霧風はふと自分の姿に眼を落として胸を隠して身を沈める。
竜魔も照れくさそうに横に並んでそっと川の中に腰を降ろす。

「帰ってきて会うのはお前が初めてだ。」

「本陣には行かないのか。」

「…お前に会ってから行こうかと思ってここに来たんだ。」

「まさか。」

 二人の会話は続く。
霧風がふと空を見上げると天の川が良く見えた。

「それにしても今日は暑かったな…こんなに良く晴れて。」

独り言のように言う。
竜魔が伸びをしてから空を見上げた。

「今日は七夕だったな。」

「…え?そうだったか。」

突然の言葉に霧風は不思議そうに竜魔を見つめた。
その視線を避けるように竜魔は頭を水中に沈める。

「おい,竜魔…。」

 やがてざぶっと飛沫を上げて顔を上げる竜魔。
額にかかる前髪をかきあげ,彼は霧風を真剣に見つめた。
見つめるというよりも射抜くような視線を送る。

「オレ達,裸だぜ。」

どきっとして霧風がそっと竜魔から離れようと位置をずらす。

「馬鹿。お前を襲ったりなんてしないよ。」

竜魔が視線を落とす。

「まだオレ達…早いよ…な…。」

彼の声は小さく水音にかき消された。


…きらきら光る瞳で星空を見上げる姿。
あの頃の霧風と今の霧風は全く変っていない。
この満天の星空の下,わざわざ彼女に会いにきた竜魔の気持ちを彼女は知っているのだろうか。

 (…七夕っていうのはね。愛し合っている織姫と彦星がやっと逢える日なんだよ…。)
霧風の言葉を思い出す。

「七夕はな…。」

竜魔はぼそっと呟き始める。
続く言葉に霧風が赤面したのは言うまでも無い。


 


 おかしいな。 竜魔がオクテに戻ったぞ。


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