戦士墓地



 「あそこには,誰も入り込めない空間があるのよ。」


母がそう言った。
 オレは父の広い背中を見つめながら,母の言う意味が解せず,ただ突っ立っているだけだった。
父は一人で何処かへ消える。
毎年,この季節になるとたった一日だけ,誰にも行き先を告げず,姿を消す。
母はその場所を知っているようだが。

「何処へ行くのだろう。」
その日…オレは父の後をこっそりつけていった。

山の奥また奥深く。
そこは立ち入ったことのない場所だった。
子供の頃,一,二度入ったことがあるかもしれない。
大人に禁止され,しかし,何も面白そうなものがあるわけでもなく…。
今では大して興味もない場所だった。


ぱっと開けた光景に息を呑む。
一面の…花。
まるで雪のように白い花が群生している。
この区間だけ,不自然だ。これは,人工的に作られた花畑だ。
決して周囲の森に覆われることなく,ひっそりと,ぽっかりと,誰かによって手入れされたような…。
なぜ,こんな辺鄙な場所に。

「…!」

草を掻き分ける足が止まる。
無数の木片が視界に飛び込んできた。

墓標だ。


(…ここは…墓地だ!)

忍び名が彫られた木片があちらこちらに突き刺さっている。
その木片を覆うかのように,花がいたる所に咲き乱れているのだ。
死者を抱いて,花も美しくなる…という誰かの話をオレは思い出した。
その光景に心を奪われながら,オレはゆっくりと花咲く墓標の間と間を歩いた。
注意深く名を読むと,数人の名に聞き覚えがあった。
確かに,ここは,オレたちの先人たちが眠る戦士墓地だった。

 ふと,足を止める。
古いが比較的綺麗な布の切れ端が目に飛び込んできた。
それは,一つの墓標に絡みつき,ふわりと風になびいている。
まるで目印のようだ。
その墓標の前に続く道は,幾度か人が立ち入ったためであろう,比較的草が少ない。
そして刻まれた美しい名前を飾るかのように淡い色はなびき,オレに手招きするようだ。
オレは我が目を疑った。
その布は…以前古い箱の奥からオレが見つけ,父から取り上げられたものだったのだ。

― ここに,仕舞い込んでいたのか。
これは何,と問うオレの手から,父はスルっとそれを奪い取った。
誰にも渡さないといわんばかりに。
あんな布切れをなぜ父は大事にしたのだろう。

オレは膝を折ってその墓標に絡みつき,風のままに姿を変える布をじっと眺めていた。
なぜか,涙が溢れてくる。

ここに眠っている人々は,なぜ死ななければいけなかったのか。
オレ達が生きる世界の運命だから?

優しい風が頬を撫でていく。


父もこんな思いをしていたのだろうか。

父から受け継いだ能力のためか,オレはなぜか,つらく,切ない。
心の寄り場を失ったような気がする。
この気持ちは何と表現すれば良いのだろう。

ふと突然,誰かがオレにささやいた。


― 安心した。あの人が,ちゃんと…血を残している…。

「血?」

周囲にはむろん,誰もいない。
オレは空を見上げる。
蒼穹は果てしなく高かった。

優しい風が吹いている。
木陰で美しい女性が微笑んだような気がした。

しばらくぼんやりとしていたが,小鳥のさえずりに我を取り戻す。

― 夢だったのか?

心を持っていかれそうな不思議な感覚から逃げるように,オレはその場を立ち去った。



「おい,なぜここへ来た?」


その静寂を破るような父親の太い声が聞こえる。

オレは肩をすくめて,返事をすると,父の居る場所へ歩み寄って行った。

父は困ったような顔をして,オレを見つめていた。

「…墓に行ったのか?」


「う,うん。」


「亡霊に会うぞ。」


オレはドキリとして父の顔を見た。

だが,父は笑っている。

「ふふ,冗談だ。…昔の同胞の墓があるんだ,子供は行くべきじゃない。」


オレは素直に謝った。

父は花に囲まれた墓標に目を移す。
その横顔は,懐かしそうな,どこか寂しそうな不思議な表情だった。

「返したの?あの布を…。」


「ああ。」


「"霧風"って誰?」


「…。」


後ろを向き,歩き出す父。

誰にも語ることも無い父だけの思い出。
オレも大人になったら,同じようにそんな思い出を作ることがあるだろうか。
二度と戦いをすることなど無いだろうか。
好きな人と一緒に暮らせるだろうか。

服に隠された父の広い背中には数々の戦いで受けた無数の傷跡が残っている。

なぜかオレは涙が出そうになり,黙って後を付いて帰った。



 


 お父さんな竜魔は結構好きです。


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